大学生バーテンダーの日常

今日という日は二度とこないけど似た日はやってくるよ

コロナが収まったら何をしようか

 

皆さんこんにちは大学生バーテンダーです。

 

緊急事態宣言が発令されて約三週間が経過しました。

僕の住んでいるところは都会なだけあって密を避ける行動ををとる人が多いです。

 

医療現場や児童施設で働いている人が中あまり口にしたくはありませんが、僕は自粛疲れをしています。オンライン授業が始まったとはいえ、ずっとパソコンの前に座りっぱなしですし、食料品を買いに行くとき以外は基本家にいます。

 

住んでいるマンションの一階にはアルコール除菌液がおかれ、友人の来館を控えるようにと言うポスターも貼られています。政府は緊急非常事態宣言を一か月ほど伸ばす方針でいるようです。

 

外出自粛期間皆さんは何をいていましたか?

勉強だったり、筋トレだったり、趣味に打ち込める時間もありました。

 

そんなこんなで家にいるとどうしても外にでたくなってしまうのが人間の性です。

そこはぐっとこらえて、家にいることで感染を止めることが出来るヒーローだと思いましょう。

 

「私ジョルノジョバーナには夢がある。」

といった感じですか。ぼくはこのコロナが終わったら買物もしたいし、友達とご飯にも行きたい。何よりバーに行きたい。

おいしいお酒を飲みながらゆっくりと語りたい。

そういう日がいつ来るだろうか。

 

今の日本はコロナの影響で経済が落ち込んだり、警察官を刺したりと暗いニュースばかりが流れています。

バイトが無くなった友達は収入のあてが無くなり、生きていけなので実家に戻りました。学生に対しての影響も大きいですね。

 

僕の大学生活にも与える影響は大きかったです。

当初予定されていた授業開始日から二週間延期になり、緊急事態宣言が解除されない限りは校内に立ち入ることすらできません。

オンライン授業の準備も大変なのもで、僕は超強力なルーターブルーライトカット眼鏡を買いました。大学からの補助金が出たので良かったです。

 

とはいえ、学校にいけないと図書館も使えなければ研究室にも入れない。今や、学費の減額を求める学生運動が全国で広がっています。

 

今後の就活にも影響があるのは間違いないので、どう攻略していくか考えていきたいです。

 

それでは皆さんいい一日を

 

                    「今日のカクテル」

                   「シャーリーテンプル

                   カクテル言葉は「用心深い」

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グレナデンシロップ 20ml  ジンジャエール 130ml レモン 1個

 

バーテンダーはモテる

こんにちは大学生バーテンダーです。

 

男たるものモテたい。

雄としての本能。モテたい。

可愛い女の子に囲まれながら、上手い飯を食い、うまい酒を飲みたい。そこには収入だったり、ルックスといった様々な要素が必要だ。

そりゃ菅田将暉とか福士蒼汰とか吉沢亮になれたら苦労はしない。あのレベルが東京の街を歩けば逆ナンされるに違いない。

僕たちは彼らになることは出来ないけど、彼らも僕たちになることは出来ない。

 

さあ本題に入りましょう。

「付き合ってはいけない職業」

1.バンドマン

2.美容師

3.バーテンダー

俗にいう3Bというくくりだ。

どの職業にもその仕事を頑張っている人はいる。それは上記の仕事で生きている人も間違いない。しかしこの上記の仕事には何かしらの理由があって「付き合ってはいけない」と呼ばれているのだろう。

 

上記の3職に通じて言えることは、普通のサラリーマンとは生活リズムが違うということだ。バンドマンは土曜日曜のイベントでライブをするだろうし、美容師は周知の通り、月曜日以外は基本仕事だ。普通の人が休みの時にサービスを提供する仕事」ということだ。

 

ではバーテンダーはどうか。

ここは僕の体験談を交えてゆっくり語ろうと思う。

 

まあ結局の所、人による

 

おいおい何だよと。思った方深呼吸をしていただきたい。

吉沢亮バーテンダーなら?福士蒼汰バーテンダーなら?

そうそんなもんだ。結局は人による。

生まれ持った顔には勝てないのだ。

 

そんなありもしないようなシチュエーションは置いといて、バーテンダーにはモテる要素は沢山あると僕は思っている。これは断言しよう。

 

バーテンダーは何より多くの人と話す。繁盛しているところだと一日に何十人と顔を合わせることになるだろう。個人ごとに話のネタが変わるので色んな知識について広く浅くなっていく。僕自身ガンダムの話をする時もあれば、ニュースについて議論することがある。仮にお客さんがあまり来ない店舗でも、その分一人に対応する時間は長くなるので、会話を続くようなテクニックはあるだろう。

女の子とデートに行ったときに沢山会話してくれる男子はデート時間を楽しくしてくれる。

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結果モテる

 

ハイ次

 

酒の知識に関しては一流ということ。バーテンダーというもの毎日お酒を扱っている。客席と対峙したカウンターの中には、薄暗い照明に照らされたボトルが所狭しと並んでいる。

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注 これは僕の店ではありません

スピリッツやリキュール、ウイスキー等。僕のお店には約150本ほどある。バーテンダーなのでどんな味なのかを理解してなくてはならない。「このカクテルは何が入っているんですか」なんて質問が毎日やってくる。ウイスキーに関してもアイラウイスキーやスコッチ、ジャパニーズ、など細かく分けられている。

 

デートしている時に女の子が「お酒あまり詳しくないから」なんて言われたら僕たちはありとあらゆる知識をフル活用してエスコートする。

宅飲みの際に女の子がハイボールを作るとしよう。普通の人なら氷をいれてウイスキーと炭酸水を入れて仕上げるあろう。しかしそこでバーで作る様にハイボールを作ってみたらどうだろう。

 

結果モテる

 

ハイ次

 

何よりバーテンダーだ。そりゃメガバンク勤務とか、五大商社勤務の人には勝てないかもしれない。それでもバーテンダーだ。扉を開けるとそこには薄暗い空間とちょうど良いボリュームで流れるジャス。そこの主役はお酒でも何でもない。カウンターに立つ僕達だ。びしっとしたスーツを着て、ジェルで決めた大人がそこにはいる。

デートする女の子にバーで働いてる姿を見せてみろ

 

結果モテる

 

ここからは僕の体験談を話そう。

僕はめちゃくちゃモテた。すみません。とはいえ大学ではボッチを極めているのでバーテンダーの時だけですね。

「君は身長高いからベストが似合うね」と社員さんから何回も言われた。

 

ある日は25.6歳くらいの物凄く美人な女性がやってきた。

「そういえば何歳なんですか?」と聞かれ20歳と答える。

大体の人は僕のことを24歳くらいに見えたと言ってくる。大人っぽく見えるのはとても嬉しい。まあこんな流れは良くあることだが、帰り際連絡先を聞かれた。僕のタイプだったので喜んで教えた。そのお姉さんとは未だに連絡を取り合っている。

 

またある日は、同年代の女性がやってきた。大学は違うものの、話がとても弾んだ。

唐突に「彼女いるんですか」と聞かれたので「いないですよ」と答えた。するとびっくらぽん「今度デートしませんか」と予想の斜め上を言った返しが来たなんてこともあった。

 

結局の所人によるが、バーテンダーは話も上手いし、色々モテる要素がある。

 

ただそこにはいい点だけでなく悪い点もある。

 

僕はアルバイトなのでシフト分の給料をもらっているが、なにより飲食業は賃金が安い。社員さんの給与明細を見た時は少し驚いた。お金の問題が絡むと「好き」という気持ちだけではどうしようもできない問題がある。

 

最大の欠点は夜の仕事だということ。大体のバーは3時までやってるし長いとこはもっと営業している。それゆえ時間が合わず愛想をつかす人もいるのだろう。

 

しかし、これらのことはあくまで環境面だ。給料が安いとか、営業時間がどうとか、そんなことを議論していない。

僕はバーテンダーという人間がモテるといった。どう自分を輝かせるなんてその人次第。

 

結果「バーテンダーはモテる」

 

                  「今日のカクテル」

                 「スクリュードライバー

               カクテル言葉は「あなたは魅力的」

 

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ウォッカ45ml オレンジジュース適量

 

君たちはいつまで翻訳アプリに頼っているのか

こんにちは大学生バーテンダーです。

 

ここで皆さんに聞きたいことがある。

日本語以外の言語を話せるだろうか?

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”まあ多少は”

”全く”

”ペラペラ”

 

この三つのどれかに該当するのが大半であろう。

僕自身中学校の頃までは日本語すら危うい状態だった。

典型的なバカだった。

勉強と自頭は別物といった所だ。

 

「なんで使いもしない英語を。」そんな感じで勉強していた。世間が口をそろえて言う「受験英語」というものだった。

 

最近テレビを見ていると「小学6年生で英検準一級合格」とか「三か国語話せるスーパーキッズ」などといかにもグローバル化を感じさせられる内容のものが多い。

 

確かに昔と比べて「国際交流」が簡単にできるようになった。

街を歩けば外国からの観光客が増えている。

彼らに話しかけるだけでも立派な国際交流だ。なにも外国まで足を運ばなくても可能になった。

 

僕自身中学生の頃アメリカに留学した。アメリカに行くまでは全く英語が話せなかった。「tomorrow」の意味すら知らなかったし、何なら存在すら知らなかった。

それなので、明日の予定を聞く際は

「What is next today plans?」とへんてこりんな文章を使っていた。

 

そんなこんなハプニングの連続もあり、長かった留学生活を終え日本に帰ってきた。

そう英語を話せるようになって。とは言っても難しい言葉なんてわからないし、ただ日常生活には困らない程度の英語だ。

 

留学から帰ってきて価値観が180度変わった。もっともっと海外に興味が持てた。

もっともっと英語を話したくなった。

意欲の塊だった。意識が高いどこにでもいる人間だった。

ここまで頑張れたのは勉強をたくさんすれば色んな世界に触れることが出来ると思ったからだ。

そうして今は日々欠かさず2時間の英語勉強をしている。

 

沢山海外にも行った。沢山英語を話した。

 

世間一般では言語を取得するのには幼い時が一番いいと言われている。

化学的にも証明されているので疑う余地なんてない。僕たち人間は耳から入る音を言語と認識し、それを話す。

脳が成熟してからは第一言語が脳の大半を占めていて、学ぶ際に障害となる。

これに関しては僕も経験した。アルファベットの発音とネイティブスピーカーの発音がかけ離れていたのだ。僕はアルファベットのカタカナを頼りにしていたからだ。

 

そんな僕が海外や、ネイティブと話すときに絶対しないことがある。

 

翻訳アプリを使わないというだ。

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外国語が話せない人にとってこれがないと海外に行くことが出来なくなるほど重要ポジションにあるアプリだ。

 

考えてほしい。皆さんは頑張って日本語を話している外国の方を見て「面白い」とか「全然違う」などと思ったことがあるだろうか。第一言語ではない日本語を必死に話している彼らが何て言おうとしているのか僕たちも必死になって分かろうとする。

 

これは世界共通だと思う。

 

僕にも英語を間違えたら笑われるなんて思った時がある。

でも彼らは必死に僕を理解しようとしてくれた。間違いがあれば一緒に訂正してくれた。

 

だから海外旅行に言って必死に英語を話している皆さんを笑う人なんていないのだ。

 

大げさだな~なんて思う人は「某世界の果てまで行ってQ」の「出川初めてのおつかい」を見てほしい。

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「空母」のことを「スカイママ」というし「宇宙」のことを「ベリベリスカイ」なんていう。しかしながら彼は必ず答えを導くのだ。

彼の伝えたいという熱心さが聞き手の心を動かし彼の英語を理解しようとしているのだ。「グルグルボックス」から正解を導いた時は感動した。

 

東京駅で外国の人から「where is flower house」と聞かれたら、なんとなく花やしきかな?と思うのと一緒だ。浅草までの道を教えたらいいのだ。

 

話しが膨らみすぎた。結論翻訳アプリが無くたって、人とのコミュニケーションは可能だ。それでもアプリを使いたい人はいるだろう。

 

こうかんがえてほしい。

「アプリを使って終わった海外旅行」

「自分の力だけでコミュニケーションをとった海外旅行」

どう考えても後者の方がきっと記憶に残る海外旅行になるだろう。

 

せっかくの旅行を自分の力で乗り切ったら自身にもなる。

モチベーションも高まる。いいことしかない。

 

別にアプリを使うなとは言っていない。あくまで紹介しているだけだ。

 

僕はどんなにわからない事があってもどうにかして自分で答えを探す。

 

そうすることで国際交流の幅が広がるからだ。

是非皆さんもやってみてください。新しい経験がそこにはあります。

 

                 「今日のカクテル」

                 「インペリアルフィズ」

              カクテル言葉は「楽しい出会い」

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ウィスキー 45ml ホワイトラム 15ml レモン 20ml ソーダ Full up

 

 

今日も九分には灯りがともる。

異国の人で溢れるバスの中、僕は眠っていた。

 

幾度となくやってくるカーブには心底嫌になった。

 

こんにちは大学生バーテンダーです。

 

僕は二月に一週間ほど台湾へ旅行しに行ってました。

今回は九分に行った時のことについて綴りたいと思います。

 

皆さんも絶対知っているであろう映画

千と千尋の神隠し

2001年に公開され空前のブーム。日本の興行収入1位を記録し未だに破られていない

 

幼い千尋がハクとの出会いをきっかけに成長するストーリーは感動ものだ。

しかし、僕はそれよりも心惹かれるものがあった。

 

景色

 

赤く光る提灯、躍動感あふれる作画

幼かった僕は映画が醸し出す雰囲気の虜になった。

 

その中でも一番有名な

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そうここ

 

父と母が豚になったシーンのここ

 

小さい頃から僕はどうしてもここに行きたかった。

 

そしてやってきた台湾滞在三日目

いつもより早起きして僕はホテルを出た。

とは言ってもまっすぐに九分へと向かわずに、十分という土地に寄り道した。

そこで三時間ほど時間をつぶし、いざ九分へ。

 

ルイファン駅で下車し、九分までのバスを待った。

駅の前は観光客でごったがいしていた。その時はあまりコロナウイルスの脅威も感じていなかった。

 

バスを待つこと約10分。九分老街へのバスが来た。

沢山の言語が混じり合うバスの中で僕は景色を見ずにずっと目を閉じていた。

徐々に見えてくる九分より、目を開けた瞬間に見えてくる九分の方がずっと面白いと思ったからだ。

 

薄目の状態でバスをおり、そこで目を開ける。

 

視界の先にあったのは、まぎれもない映画の中の景色だった。

木造建築が高く高くそびえたっており、つたやコケが纏わりついていた。

 

取り合ず僕はイヤホンを取り出した。

やってみたかったんだ。千と千尋の神隠しのBGMを聞きながらモデルとなった場所を歩くということを。

 

見るものすべてが美しかった。そこには一人一人の生活があって、ぼくの知らない人間が生きている。地図では見ることができない九分がそこにはあったのだ。

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僕が九分に着いたのは午後5時頃。

一度行ったことがある人ならば分かるだろう。

 

九分の本番は午後6時を過ぎたころ。

赤い無数の提灯に明かりがともる頃。

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日が沈んだ後の九分は言葉に表すことが出来ない美しさだ。

僕の目の水晶体がギュッとオートフォーカスした。

まるで人ごみの中で千尋が泣きながらどこかを走っているのではないかと思った。

そんな空間に僕はいた。

 

日本では味合うことのない異国の雰囲気と映画の中の世界をぼくは体感した。

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一番回りを見下ろせるポジションへ行きレンズをのぞき込む。

深呼吸をしてシャッターを切る。一番きれいな瞬間を残したかった。

今後の人生で退屈な時がやってくるだろう。

何もしたくなくなる時が来るだろう。

そんな時に救ってくれる写真を撮りたかった。

 

そこからのことはあまり覚えていない。

 

感動して泣いたのか嬉しくて泣いたのかわからない。

 

ただただ全力でその日を楽しんだ。

恐らく僕は二度とこの場所に来ることがない。

そう思えばどんな瞬間でも大切に思えるのだ。

 

標高が高い所にあるこの町を明日も明後日もずっと先も赤い提灯がともすだろう。

 

僕は振り返ることなくこの町を去った。

 

 

 

                     「今日のカクテル」

                       「ルシアン」

                     カクテル言葉は「誘惑」

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ウオッカ 20ml ジン 20ml カカオ ブラウン20ml

 

 

 

 

別れの涙

こんにちは大学生バーテンダーです。

 

バーには色んな人が癒されに来られます。

 

仕事帰りの方。雰囲気を楽しみに来た方。

日本のお酒を飲みに来た観光客。

 

毎日様々な方とお話ししています。

日常生活では味わえないディープな世界が広がっています。

 

僕がお店に入ってからずっと来られる常連様も沢山いらっしゃいます。

今日はその中の一人のあるお客様とのお話をこうして綴ろうと思います。

 

この方は社会人8年目のバリバリのサラリーマン。

よく彼の友人を連れてお店に来られます。

僕はそんな彼たちと話すのが大好きでした。お仕事に入る度にお店に来てくれるのを

待っていました。

 

そんな彼とは、大人の話しや、会社のこと、人生の面白さなど学生には勿体ないような貴重な話をしながら時間を共有しました。

 

ある日のことでした。仕事帰りなのか気持ち疲れているような顔でお店に来られました。

 

いつものようにアードベックのソーダ割を飲みながらため息をついていました。

こういう時店員側からするとなかなか緊張します。

果たして関わっていいのか、一人で大人しく飲みたい気分なのではないのか。

などと考え、そっとしています。

 

しかし、彼の方からその思い口が開かれました

「実は転職します。いつまでここに来られるかわからない。」と

 

僕は重い空気に飲み込まれた。

仕事を始めた時から彼はこのお店に来てくれましたし、差し入れももらいました。

ときには苦しかったことも彼に相談したことがあります。

 

かといって僕には止める権利も無ければその話を黙って聞くしかなかった。

 

「今日はそれだけを伝えに来ました。」

どうやら家に帰ってしなければならないことが色々あるらしい。

「東京へ行きます。来週に。でも今日が最後ではありません。引っ越し前夜に必ずきます。」

彼はこう言って店を後にしました。

 

そうしてやってきた引っ越し前夜。

彼がお店に来ました。恐らく彼と会うのは最後になるだろう、しかし不思議と悲しくはなかった。

そして思い切って転職した理由を聞いてみました。

 

彼はこう言いました。

「僕は大学に行った。だけど行っただけだ。特段何をしたわけでもなく当たり前のように授業に出て単位を取った。そんな生活が三年続いた。そしてやってきた就職活動。僕は全然内定が貰えなかった。なぜだかわかる?」

その質問にこう答えた。

「三年間何もしなかったからですか?」

とドストレートに答えました。ごめんなさい。あいあい。

 

「そうなんだよ。何もしなかったんだ。やりたいこともせず、旅行にもいかず、ただただ生きていた。」

続けて彼はこう言いました。

「別に何もしなかったから人事の人に落とされたとは微塵も思っていない。それ以前の問題だった。何もしてこなかった僕がいきなりしたい仕事なんて見つかるわけがない。中途半端で大衆が言うような志望動機しかなかった。」

 

「結局の所、その仕事を本当にしたい人には勝てないし、きっと人事も見抜いていたと思う。だから今まで僕は本当にやりたいのかわからないような仕事をしてきた。」

 

説得力がとてもあった。結局何をやりたいかなんてそんな理由は後からやってくる。

でもそのやりたいことは常に先を行く。

 

やりたいこと?理由なんてない。やりたいからやりたいんだ。

 

「だからね、僕が言いたいことは簡単なんだ。沢山経験するんだ。学生なんてたらふく時間がある。やりたい事、興味を持ったこと、何でもやるんだ。そうしたら自ずとやりたいことがきっと見つかる。」

 

「そして高みをずっと持ち続けなさい。最初に良い会社に入ることが出来たら自信になる。そして転職がしやすい。」

 

僕は来年就活をしなくてはなりません。

でもやりたい事なんてない。

普通に仕事をして、普通にお金を貰う。そんな考えしかない。

 

好きな仕事をしてお金を貰うのと

生きるためにお金を貰うのでは人生の面白さに差が出てしまう。

 

僕は前者になりたい。

 

楽しい人生にしたい。

 

「また会おう。東京で。若いんだ、なんだってできる。君が生き生きと仕事をしている姿を見せてくれ。その時に一杯奢ろう。」

 

彼は涙ながらに僕にそう言った。

もらい泣きするタイプなので僕の目にもごみが......。

 

午前0時を回った頃、彼と別れを告げました。

常連さんがいなくなるの悲しいが、それ以上に勉強になった日でした。

 

諦めないでどんな時も 君ならできるんだどんなことも

いま世界に一つだけの 強い力をみたよ

君ならできないことだって できるんだほんとさ嘘じゃないよ

いま世界に一つだけの 強い光をみたよ

 

さあ皆さん。頑張りましょう。なんだってできる

 

せーーーーーーーーーの!!!!!!

 

「アイワナビーユア 君の全て」

 

                 「今日のカクテル」

                   「ジプシー」

               カクテル言葉は「しばしの別れ」

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ウォッカ40ml ベネディクティン・ドム20ml アンゴスチュラ・ビターズ1dash



 

 

 

 

 

夢が叶った日

「WE LOVE YOU ARSENAL WE DO」

聞き慣れたチャントが響き渡る、見慣れたスタジアム。

声が枯れるまで叫んだ最高の90分。

GOONERで良かった。ありがとうアーセナル

 

こんにちは大学生バーテンダーです。

 

今日は私の夢が叶った日について気ままに語ろうと思います。

 

皆さんの三大欲求は何ですか。

「性欲」「食欲」「睡眠欲」となるのが普通でしょう。

 

ただし僕の場合は

アーセナル」「食欲」「睡眠欲」となります。

 

おいおい、あんたはさっきから「GOONER」とか「アーセナル」とか一体何のことを言っているんだと思うでしょう。

 

説明します。

 

僕はサッカーが大好きです。死ぬほど大好きです。朝から晩までサッカーのことを考えています。その中でも「アーセナル」というチームの熱狂的ファンです。

かつてはイングランド最強の名を誇りイングランドプレミアリーグの歴史でただこのチームだけが無敗優勝を成し遂げています。2003-2004。

このチームが記録した公式戦49試合無敗はイングランドでは未だに破られてはいません。

 

 現在のホームスタジアムはロンドンのエミレーツ・スタジアム(収容人数60,260人)。プレミアリーグに所属し、同リーグにおいて3回の優勝記録を持つ(フットボールリーグ時代を含めると13回)。2003-2004シーズンには無敗優勝を達成したイングランド屈指の強豪である。1886年に軍需工場の労働者のクラブとして創設されたため、チームのエンブレムは大砲のマークを持つ。「ガナーズ(Gunners)」の愛称で知られ、サポーターは「グーナー(Gooner)」と呼ばれる。
クラブのモットーは「勝利は調和の中から生まれる(ラテン語: Victoria Concordia Crescit)」。1949年から使用されたクレストに初めて登場する。現行のクレストは2002年から使用されており、大砲の上にサンセリフ体でチーム名が書かれている。  Wikipediより

 

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チームロゴ

このチームは1886年に創設された以来イングランドサッカーを牽引してきました。

上記の通りアーセナルファンのことをGOONERと言います。

 

僕がこのチームの虜になったのは2014年からです。しかし最初からこのチームが好きだったわけではありません。

 

これは僕が10歳の頃。テレビの向こう側には国を背負った男たちがサッカーをしていた。響き渡る応援、テレビ越しにでも伝わる熱気。

 

「2010南アフリカWカップ

 

本田圭佑デンマーク相手に無回転フリーキックを決めたのは記憶にあるだろう。

このWカップを通して決まったフリーキックの数は5本。そのうち2本は日本が決めたものだ。(本田圭佑遠藤保仁)どちらもデンマーク戦

 

この試合で日本は決勝トーナメントへ進出し国内を歓喜の渦にとりまいた。

 

しかしそんな中、とあるドイツ代表選手に目を奪われた。

 

メストエジル

 

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2010年 エジルは8番をつけてプレー

鮮やかなボールさばき、常人なら見えてはいないだろう視野の広さ。

左足から放たれるそのキックは僕を彼のファンにするのにそう時間はかからなかった。

 

6月23日のガーナ戦では決勝ゴールとなるミドルシュートを決め、ドイツのグループリーグ首位通過に貢献。大会選定のマンオブザマッチに選ばれた。

 

決勝トーナメント1回戦のイングランド戦ではトーマス・ミュラーの2点目をアシストし、ベスト8進出に貢献。準々決勝のアルゼンチン戦ではミロスラフ・クローゼの2点目をアシストしベスト4進出に貢献、同大会最多アシストを記録した。その活躍により、FIFAバロンドールの候補者10人にノミネートされた他、ドイツ国内ではバンビを受賞した。

このように彼は主要な国際大会においてドイツの躍進に貢献し、数々の個人賞を取ってきた。

 

Wカップの活躍により彼の市場価値は高まり、同年の8月に銀河系軍団とも呼ばれる「レアルマドリード」へ移籍する。

この時は特にクラブチームに対しての好意は無く、ただ単純に彼のファンだった。

 

 

彼が出場する試合は圧巻だった。

クリスティアーノ・ロナウドの望むところにボールを送り、恐ろしいほどのアシスト数を記録していった。2011年彼は53試合に出場し10ゴール。そして欧州最多となる26アシストを記録した。

メディアは彼をこう評価した。

 

フットボールモーツァルト

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ロナウドのゴールをアシストしたエジル

いやいやかっこよすぎかよ。

 

2012年は不調だったもののそれでも35試合17アシストを記録した。この年のスペインリーグでは最多だ。

 

そして運命の日。

 

この日から僕の人生は変わった。

 

「2013年9月2日 アーセナルFCへ移籍」

 

移籍金はクラブ最高額とも言われた。

この移籍に関してクリスティアーノ・ロナウドは首脳陣に彼の売却に対して苦言を呈している。それほど素晴らしい選手だったのだ。

 

アーセナル」????

サッカーをしている人なら知らない人はいないであろうこのチーム。

確かに僕自身聞いたことはあった。があくまで聞いたことがあるだけだった。

 

僕はひたすらこのチームについて調べた。

過去の成績、見所、選手。

 

言葉が出なかった。

 

サッカー史上最も強く美しいクラブ

洗練さと破壊力を兼ね備えたサッカーでプレミアリーグを無敗で制覇。選手個々を見てもベテラン、中堅、若手のそれぞれが持ち味を発揮し、あらゆる点で魅力に溢れていた。

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超絶陰キャの僕がどうやって女性とコミュニケーションをとれるようになったか。

皆さんこんにちは大学生バーテンダーです。

 

皆さんは女性に対してうまくコミュニケーションとれてますか?

「うーん、微妙だ。」「苦手」「余裕」

色んな方がいると思います。

この質問に関して僕の答えは

「は?余裕っしょ」

です。

 

 むかついた方ごめんなさい。ちょっと我慢してこの記事を見てください。

簡単な自己紹介ですが、私は広島県で生まれました。しかし親の仕事の都合で

 

広島

京都

東京

神奈川

福岡

長崎

京都

佐賀

今住んでいる場所

 

こんな感じで沢山引っ越しをしてきました。

幼稚園、小学校は三校づつ経験しました。それなので少女漫画やラブコメにでてくるような幼馴染なんてだれ一人いないのです。

 

「いやいやそんなに引っ越ししていたらコミュ力なんて簡単につくやろ」とか

「いいな、わたしなんかずっと同じ場所に住んでいるよ」とか

言う方がいます。確かに僕自身幼いころおからいろんな場所を経験できたのはとても貴重な財産になっています。現地には友達がいるし、大学で再開した友人もいます。。

 

 おっと、話がそれました。

皆さんの中には引っ越しのおかげでコミュ力がつくと考えている方がいると思います。

勿論、つく人もいるでしょう。しかしながら僕はそうではありませんでした。

 

 それではそれは一体なぜなのか、そしてどうやって解決したのかをつらつらと話したいと思います。

 特に対女性に関して僕は苦労したので......。(笑)

 

・最初は良かった引っ越し

 そう!小さい頃は良かった。小さい頃は。皆さんに分かってもらえるだろうか。小さい頃は誰も深く考えないのだ。

「お!ここは一体どこなんだ?」みたいな感覚だった。

これはまだ幼稚園の頃だ。年齢にして3~6歳の頃だろう。

勿論当時なんて自分の意志を持っていたのかもわからない。

勿論引っ越しなんて概念もありゃしない。

勿論人間みんなこんな感じだと思っていた。

 

 僕が通っていた幼稚園は三校とも私立の幼稚園でどの幼稚園も全児童数が900人オーバーのマンモス校だった。今思えば一人くらい居なくなっても気づかないんではないだろうか

マンモス校ゆえに、お遊戯会となれば地域で一番大きなホールを貸し切っやっていたし、月に一度屋上でマックを食べるマック給食となるものもあった。

 

 そういった経験からか、幼稚園の頃の僕は一年おきに学校が変わるものだと思っていたし、何ならそれを楽しみにしていた。

 

・別れ

 幼稚園生活が終わり、小学校に入学。年齢にして6~12歳の頃

僕は小学校の六年間でこれまた三校経験している。低学年、中学年、高学年の区切りで。

 低学年の頃なんて、勉強なんて頭になかったし、宿題をパッパッと終わらせてから友達と遊びまくっていた。当時はスマートフォンなんてなかったし僕たちはポケモンのダイヤモンドパールをこれでもかとやっていた。

 楽しい日々は終わりを告げる。小学二年生の最後、引っ越しをしたのだ。小学校の頃から引っ越しという概念が頭の中にだんだんと入ってきた。確かに仲良かった人と別れるのはとても辛かった。

 

 そして迎えた新天地。小学校中学年。8歳の人間にとって理性も付き始めたころ、新たな環境に慣れるのは意外と難しいもんだ。朝礼が終わると机を囲むように人が来る。

最初の方は全然よかった。いつも通り友達と遊んで仲良くしていた。

 

 しかし一年がたつ頃に”ああ、どうせあと一年で引っ越すのか”と考えるようになり、特に仲が良かった人と以外は人と話さなくなっていった。この頃から女の子と話していない。

 そして、四年生が終わる頃、親から引っ越しをすることを告げられた。

とにかく悲しかった。また友達がいなくなるのかと思うと心が痛かった。

そして引っ越しを恨んだ。

 

・完全な陰キャ

 小学校高学年。今まで都会を転々としていた僕だが、今回は全国的に見てもかなり田舎の県にやってきた。それゆえ引っ越ししてくる人なんて、いないような所だ。

皆僕をまるで異世界から来たような目で僕を見る。

すごい方言だったが、とにかく話しかけてくる。

 しかし、僕は以前の友達が忘れられず、新し学校に馴染もうとしなかった。

”どうせまた友達と離れるんだ”と思っていた。

 

田舎に来たシティボーイは約一か月で忘れ去られた。

 

そもそも田舎の小学校となると、大体のカーストは決まっているものだった。

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そうして過ごした10~12歳まともに二年間人と話していなかった僕は消えていった。

 

・失敗した中学受験

さてさて、小学校高学年。誰とも話さず、インキャラを極めていた僕はやることが無かった。遊ぼうにも友達がいない。遊ぼうにも遊ぶ施設がない。

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マクドナルドへ行くのに電車で20分そこから徒歩で20分。

そんなところで生きていた。

 

 この頃になると恋バナが盛んになる、○○君が好きだとか、しかし僕には縁がなかった。そもそも男友達がいないのに、女友達なんているはずがないのだ。

人間暇になると何をするのだろうか。僕の場合勉強だった。

死ぬ気で勉強した。もともと勉強はできるタイプではなかったのでちょうど良かった。

 

よし、進学校を受験しよう。そこに行けば六年間を通しての友達ができる。

 

車で20分くらいの距離に県内で知らない人はいない中高一貫校があった。中等部、高等部共にとても優秀で、東大、京大、医学部もざらだった。

 

そして見事に落ちた。

 

・空気と化した肉体

 さあ始まりました、中学にして学歴コンプ人間。しかも悲しいことに進学したのは荒れている学校。市の車に校舎の二階から飛び乗り壊す男。消火器をぶちまける男。

たまったもんじゃないいわ!!!!

という学校で僕がしたものは。そう勉強。

三年間死ぬ物狂いで勉強した。

 

恋愛?女の子?知らん!!!!!!!!!

 

とはいえ勉強が実を結んだ。中学受験で落ちた学校に高等部の外部生として合格したのだ。楽しい高校生活が待っている!!!!

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・散った高校デビュー

 さあ高校デビュー!!!!!

皆さんも想像に容易いだろう。まともに話さず5年間生きてきた。無理だったのだ。

進研ゼミみたいなキラキラした高校生活?え?何それ。

みんながワイワイ会話している。

内部生、外部生関係なく会話をしている。

僕を除いて。何なんだ!ATフィールドでもはってあるのか。

僕が想像していた高校生活は一気に崩れた。

 

 一か月もすれば大体の立ち位置は決まってきた。人気なもの、大人しいもの。その他様々。僕は陰キャだった。

 

しかしずっとこうでいいわけがない。彼女が欲しい。一緒に帰る彼女。文化祭で一緒に楽しむ彼女。ああ、いい響きだ。

彼女

彼女欲しい

 

結果僕は単純だった。単細胞生物みたいに。

何をしたともう。モテル部活にはいったのだ

 

サッカー部

 

ああこれだけでモテル。キャーキャーいわれたい。

 

はい。結果は想像の通りです。

サッカーしたことがない僕がモテるわけもない。それだけじゃ女の子は振り向かない。

わかっていた。でも期待していた。

 

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ショックだよね~

 

・経験を積むために

 進学校に入って、サッカー部に入ろうともモテない。そもそも女の子と話せない。

陰キャを極めた僕にとって当たり前ではあるが、なかなかつらい現実だった。ではどうしようか。 

その時に救世主。俗に僕をコミュニケション化け物へと変えてくれた人物とすれ違った。

 

「保健室のお姉さん」

いやいやおばちゃんの間違いでは?

違うんです。めちゃめちゃ美人のお姉さん。衝撃だった。

あれ?保健室に行けば無条件で女性と会話できる。

あれ?最高じゃん。

 

次の日から僕の昼休みは教室ではなくて、保健室で過ごすことになったのだ。

 

保健室は良いぞ~。ここテストにでます。

 

先生からは、会話の仕方、デートの仕方、服装、とにかく色々学んだ。

どんな日も先生と話した。するとどうだろう、こんなにも耐性が付くとは。

同級生になんら抵抗感が無かったのだ。先生としたたわいのない会話も勉強もすべてそのまま同級生と話すネタになる。

 

勿論最初からうまくいってたわけではない。

何回も失敗して、何回もくじけた。

そんな時は先生に治してもらった。何うまいこと言ってるんだって?

ふふふ

 

先生には感謝してもしきれない。5年間まともに女の子と話してなかった人間がここまで変わるのだから。

 

進学校ということもあり受験勉強も頑張った。女の子と。

誰かと何かを成し遂げようとするときの男は何だってできる。

意味の分からない数式が出ようとも、公式は保健室の先生。解は君。とな感じで。

 

そして僕は九州では知らない人はいない大学に合格した。

その報告を真っ先に保健室の先生にした。

 

「ありがとう先生。僕を大人にしてくれて」 意味深である

 

・そして今

今というもの僕はとてつもなく充実した生活を送っている。

ゼミの女の子とも何不自由なく話せるし、夏には彼女もできた。

コミュニケーションとれたらなんだってできる。

 

これを武器に人と話すお仕事もしている。

人はやろうとしたらなんだってできるのだ!!!!

 

 

                今日のカクテル

              「ブラッディメアリー」

            カクテル言葉は「私の心は燃えている」

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ウォッカ45ml トマトジュース100ml レモンジュース5ml 塩少々